「あめ細工吉原」が伝えたい飴細工と魅力

飴細工は何故現代まで続いて来る事ができたのか?
飴細工に魅入り実際に自分で作り始め、この事について考える事が多々ありました。
現代では食品加工品も数えきれないほど多種多様になり、加工技術も進歩し工業化の道が進んでいます。その様な流れの中、江戸時代の街中を行商として売り歩く、売り歩きは昭和の時代まで続きました。

続いているということは、それなりの魅力が飴細工にはあるに違いない。

飴細工を初めて魅力的に感じた時の事を思い返すと、それは子供時代にありました。
お祭りや縁日の屋台、そういえば学校の帰り道にいた飴細工売りのおじさん。次々と作っていく行程を見ながらワクワクした気持ちでした。たくさんのお客さんが囲って見ている中、注文したお客さんが中心にいて、完成した飴細工はその一人の手の中へと渡されていきます。そこには何とも言えない特別感があるものです。

自分が頼んで目の前で作ってもらった飴細工を、そのまま手にすることができる。これが飴細工の本当の魅力だと思います。

「飴」細工なので食べられて美味しいものに。

保存の為のビニールの袋など無かった時代、飴細工は手に取ったら食べるものだったはずです。作り手の技術と遊び心から仕上げられた一品を、惜しげもなく楽しみながら食する粋な客という江戸文化の面白さが詰まっているのではないでしょうか。
食べられるのであれば、美味しい方が良い。むしろ食べて頂きたく、工芸品というよりもお菓子という思いを強くして飴細工を作っています。伝えられた昔ながらの飴作りレシピから、さらに美味しくなるよう配合の調整を日々研究しています。

子供の憧れは昔も今も。

子供にとっては、欲しい飴細工を目の前で作ってもらえ、さらに甘いお菓子として食べられるなんて、とても楽しく特別な記憶になるのではないでしょうか。
飴細工の歴史を調べる為に資料をみていると、いつの時代であっても挿絵や写真などには子供たちの笑顔が写っていました。

子供が楽しんで笑顔になれるような、そんな飴細工を作りたいという思いが強くあります。確かな技術によりクオリティ高く作り上げることで、子供が喜ぶようなものにもかかわらず、大人までも欲しくなってしまう様な飴細工が作れるよう邁進しております。

何故子供に向けて飴細工を作るのか?思い出に残る飴細工を。

最後には溶けてなくなってしまう飴細工、でも、飴細工が楽しかった”思い出”は心に残り続けると思います。それは飴細工を多くの感覚で体験するからだと思います。
見て、触って、味わって。
子供の頃に楽しかった思い出は、大人になった時に自分の子供や周囲の子供に話す時が来るでしょう。
なぜ「あめ細工吉原」は子供の為の飴細工を作るかというと、もう一つの意図はここにあるかもしれません。子供が大人になって、また子供に伝えていく、この様な繋がりで飴細工は江戸の頃より現代まで伝わり、残って来たのだと思います。現にご年配の方々の飴細工の思い出を語って頂いた時には、皆さんとても楽しそうにお話しされていましたし、これは後世に何かを残し続けることに対し大変重要な事であると思いました。

あめ細工吉原店頭での一コマ

ひとつの想いとしては、屋号「あめ細工吉原」の「あめ細工」は、あえて「飴細工」ではなく、のれんやのぼりを見た子供が「あめ(飴)」であると読みやすい様、あえて平仮名しています。子供が自分で何かを発見し理解する一つの楽しみですね。

上記のような事を踏まえて、日本で独自の発展をした飴細工を大切に守り、世間に知ってもらい、これから先へ残し続けたいという願いを元に飴細工作りに励んでいます。

(株)あめ細工吉原
代表取締役 吉原孝洋

あめ細工吉原では、”伝える”様々な活動もしております→学校関係者のみなさまへ